人間関係がふわりと軽くなったひとつの行動
「あのおじいさん、そんなに悪い人じゃないのかも」
マンションの同じ階に住むそのおじいさんは、とてもおしゃべりだった。
私に対してもエレベーターで会うたびに「最近仕事は忙しいの?」と話しかけてきた。「まだ結婚しないの? 選びすぎなんじゃないの?」と言われたときは、さすがに温厚な私もイラっとしたが、まあ悪気はないのだろうと聞き流していた。
しかし母は違った。
「あのおじいさん、いつも人の家のことを根掘り葉掘り聞いてくるのよ。ほんと、デリカシーがない!」
母はそのおじいさんのことを、ひどく嫌っていた。
ところが、そんな母がおじいさんのことを上機嫌で話している。
理由を聞くと、それはとても些細なことだった。
「あのおじいさんがね、私のこと全然60代に見えない、若いって言うのよー。もう、ほんとに口がうまいんだから」
え! ウソでしょ!? たったそれだけで!?
あんなに嫌っていたおじいさんを、たかが一回褒められただけで許せるものだろうか?
しかし思い返してみると、私にもそんな経験があった。
苦手だと思っていた上司から「よく頑張ってるな!」と仕事ぶりを褒められた。
「なんだ、あの人私のことちゃんと見てくれていたのか」
自分でもなんて単純なのだと呆れるが、それまで苦手に感じていた上司が急に良い人に思えた。
たった一言褒められただけで、それまで張りつめていた気持ちが、ふわりと軽くなった。それはまるで部屋で優しい香りのアロマを焚いたときのように。
私も誰かにアロマを焚いてあげたい!
それからというもの私は積極的に人を褒めるようになった。
「Tくん以前と比べてすごく成長したよね! 皆も褒めてたよ!」
最近元気がないと感じていた後輩のTくんを褒めた。するとTくんの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ちゃんと役に立てているか不安だったんです。もっと頑張ります!」
聞けばTくんは怒られることはあっても褒められることがなかったため、自分の仕事に自信が持てずにいたらしい。それからのTくんは、以前よりさらに仕事を頑張るようになり、メキメキと実力を伸ばしていった。どうやら褒められて伸びるタイプだったらしい。
先輩Iさんは、最近仕事が立て込んでいてピリピリしている。周りも話しかけにくそうだ。
私は書類をもっていった際、Iさんをさりげなく褒めた。
「Iさんってすごいですよね。どうしたらそんなアイデア思いつくんですか?」
すると、しかめ面だったIさんの表情がみるみる柔らかくなり「いやいや、そんなことないよ」と照れ臭そうに笑った。気持ちにも余裕ができたのか、周囲と雑談を交わすようになり職場の雰囲気も良くなった。すごい! 効果絶大だ。
しかし私にとって最大の難関が立ちはだかる。
トイレでばったりKさんに会った。
Kさんは私より15歳年上の女性だ。良くも悪くも思ったことをストレートに伝える性格で、打たれ弱い私はKさんのことが苦手だった。Kさんもその空気を察してか、仕事以外で私に話しかけてくることはなかった。
そんな関係を少しでも改善したい! 私は勇気を出してKさんを褒めた。
「Kさんっていつもオシャレですよね!」
Kさんは一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔になりこう言った。
「ありがとう。あなただっていつも可愛いワンピース着ているじゃない」
2人の間に優しい空気が流れた。
それから私はKさんと、時々ファッションの話をするようになった。あの時勇気を出して本当に良かった。
人は誰でも、自分を認めてほしいという「承認欲求」をもっている。
褒めることは、相手の承認欲求を満たす行為だ。
しかし年を重ねるにつれて、人から褒められる機会は減っていく。
20代の時に「そんなことをやって偉い!」「そんなことが出来てすごい!」と褒められていたことが、30代では「そんなこと、やって当然」「出来て当たり前」へと変わっていく。
周りに年下が増えてくれば「かわいいね」なんて、容姿を褒められることもなくなっていく。
だからこそ、減った機会は自分から作ればいいのだ。
人を褒めると、相手から「あなただって……」とお返しの褒め言葉をもらえることがある。意外な相手から意外な褒め言葉をもらうと、その人との距離がぐっと縮まる。
人を褒めるということは、相手を知り、相手を認めるということだ。お互いを認め合えば、人間関係はふわりと軽くなる。
苦手だなと思っているあの人のために、勇気を出して優しい香りのアロマを焚いてみてはいかがだろうか。
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