人見知りという免罪符を捨てる
人と話すのが苦手だった。
特に初対面や付き合いの浅い人と1対1で話すときは、何を話したらいいのかわからないし、沈黙が怖い。無理やり笑顔を作り、必死で間を繋ぐ。
どうしよう、話が続かない……何か質問をしなければ……なんだか相手もつまらなそうな顔をしているぞ……あぁ、早く帰りたい!
終わる頃にはヘトヘトだった。
「では、また」という言葉で別れても、その「また」が訪れることは、ほとんどなかった。
私は次第に、この言葉を使うようになる。
「わたし、人見知りなので」
人見知りだと宣言してしまえば、うまく話せないことも、話が続かないことも許されるような気がした。私は、人見知りという免罪符を手に入れた。
免罪符を使えば、私が無理に話そうとしなくても、相手が話を振ってくれたし、面白い話をして盛り上げてくれた。
たとえ盛り上がらなかったとしても「わたしは人見知りだから仕方ない」と思えば、家に帰ってクヨクヨ悩むこともなかった。
しかし、「わたしも人見知りなんです……」と相手から同じ免罪符を出されたとき、私は免罪符を受け取る側の気持ちを、初めて知ることになる。
私から喋った方がいいのかな? でも色々質問されるのも嫌かもしれない……盛り上がらなかったらどうしよう……はぁ、気をつかうなぁ……
私は、はっとした。今まで何も言わず私の免罪符を受け取ってくれていた人たちは、こんな気持ちになっていたのかと、申し訳なく思った。
そんな私を変えたのは、一冊の本との出会いだった。
「聞く力-心をひらく35のヒント-」
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言わずと知れた、阿川佐和子さんのベストセラー本だ。
聞く力より、話す力をつけたいんだけどな……そんなことを考えながら、世間で話題になっているその本を、どこかミーハーな気持ちで手に取った。
ページを捲ると、阿川さんがインタビュアーとしての経験から得た、相手の話を引き出すための極意が、さまざまな著名人とのエピソードとともに綴られていた。
特に印象に残ったのは、阿川さんがインタビューをする際、事前に用意する質問は3つまでにしているという話だ。
たくさんの質問を用意して、ひたすら相手にぶつけるだけでは、連続性のないインタビューになってしまう。
1つ目の質問をしたら、その質問に対する相手の答えの中から次の質問を探す。本気で相手の答えに耳を傾ければ、おのずと疑問がわいてきて次の質問が見つかり、チェーンのように会話が続いていくという。
目から鱗だった。
私は沈黙を恐れるあまり、少しでも間を埋めようと相手に矢継ぎ早に質問していた。そのくせ次にする質問のことばかり考えて、大して相手の答えを聞いていないので、ひどいときには「それさっきも聞かれたけど……」と言われてしまうことまであった。
これでは会話が続かなくて当然だ。
そして、本を読み進めていくうちに、阿川さんと私の決定的な違いに気づくことになる。
阿川さんはインタビューをする相手に対して、常に興味津々なのだ。
テレビの対談番組で、阿川さんがインタビューをしている姿を見たことがある。1対1で向かい合い、阿川さんの質問にゲストが答える。BGMもない静かな番組だったが、こちらにも伝わってくる楽しい雰囲気は、間違いなく阿川さんが作り出しているものだった。
ゲストの答えに対して、「なんで?」「どうして?」「それで、それで?」と少し前のめりになって聞き返す阿川さんは、優秀なインタビュアーというより、母親にもっと楽しいお話を続けてくれとせがむ、好奇心旺盛な子どものようだった。そんな阿川さんの姿に、ゲストも嬉しそうに話を続ける。
私に足りていなかったのは、相手をもっと知りたいという気持ちだった。インタビューでも日常会話でも、意識を向けなければいけないのは、自分自身ではなく、目の前にいる相手なのだ。
私は免罪符を捨てた。
人見知りという言葉は使わず、笑顔で「少し緊張しています」と伝えるようにした。
相手の話にしっかりと耳を傾け、楽しそうに相槌をうつ。自然と次の質問が浮かんだ。深く話を聞いていくと、その人の意外な一面が見えてきたし、今まで知らなかった世界に興味を持つこともできた。
楽しい。人の話を聞くことは、こんなに楽しいことだったのか。初対面の人に会うことを億劫に感じていた過去の自分が、噓のようだ。知らない人であればあるほど、新しい発見があって面白い。
私が楽しそうに話を聞いていると、相手も楽しそうに続きを話してくれた。
相手が楽しそうに話していると、不思議と私も自分のことを話したくなった。
聞く力をつけることは、話す力をつけるための第一歩なのかもしれない。
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